姓は阿武蜂名は虎蔵。
人呼んで「ゆきあたりばったりの阿武」と。
幼き頃は神の子といわれしも、今に至りて熱のこもりし電算室のその奥の滅多に日差さぬ窓際に座りしも夕刻になりて西陽さす世に言う窓際族とは彼のこと也。
あかひとさんばりに紹介してみました。(ーー;)。
どちらかというと会社的には、あんまりというかほとんど見向きもされていません。仕事は、今は交通事故とか労災とかクレーム処理なんかを専門にしています。専門といっても正式に役割を承っているのではありません。自然と私のところに廻ってきているのです。どちらかというと陰の仕事でしょうか。
暇かというとそうでもありません。結構忙しいのです。トラブルが起きてからでは遅いので起きないように色々動いているのです。だから忙しいのです。
別に何もしなくていいのですが、暇なのもいやなもんで積極的に予防をして廻っているのです。
山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んだことがありますでしょうか。あの中の主人公恩地のモデルは私ではないかと思っております・・・
(ーー;)
んな分けないだろうと怒られそうですね・・・
私の好きなものはまず酒です。
ご存知新潟は96(今は大分整理されているようです)の酒蔵がありこれを全部ひととおり飲むことを目標にしています。今は60の後半位飲んでいます。詳しくは左脇のフォトをご覧ください。でも最近その事に疑問を感じております。それは96人の美女がおるとしてその人とちょっと挨拶を交わした位でその人を知った事になるのでしょうか。深い恋に落ちてこその人生ではないでしょうか。でもそんな事してたら人生がいくつあっても足りません。
次にラーメンです。
新潟は旨いものがたくさんあります。「一に米、二に酒、三四がなくて五にラーメン」といいます。新潟はかのラーメン王石神秀幸氏が新潟に四大ラーメンありと唱えております。それに若い店主が「我こそは」と新手のラーメンを実践すべく次々とラーメン店が群雄割拠しています。私の住んでいる燕には「背脂ラーメン」があります。いずれ私はこのラーメンを全国に広めるべく運動を起こしたいと思っております
それに時代小説です。
若い頃は、司馬遼太郎を夢中になって読みました。竜馬が行く、世に棲む日々、花神、坂の上の雲・・・でもなんか自分の人生と違うなと感じていました。仕事もうまくいっていませんでした。その頃たまたま見たのが「鬼平犯科帳」であり「剣客商売」でした。盗人であっても旨いものを食べ気に入ったところへ行く。そう人生は楽しんでいいんだと気づきました。
池波正太郎はいいます。
「つまりは、人間というもの、生きて行くにもっとも大事のことは・・・・たとえば、今朝の飯のうまさはどうだったとか、今日はひとつ、なんとか暇を見つけて、半刻か一刻を、ぶらりとおのれの好きな場所へ出かけ、好きな食物(もの)でも食べ、ぼんやりと酒など酌みながら・・・・さて、今日の夕餉(ゆうげ)には何を食おうかなどと、そのようなことを考え、夜は一合の寝酒をのんびりとのみ、疲れた躰(からだ)を床に伸ばして、無心にねむりこける。このことにつきるな」
これは鬼平の第六巻だったかにあった言葉です。
そして藤沢周平です。
司馬遼太郎が、人の世を「山の上から俯瞰的にみて」書いているならば、池波正太郎は人の世を「人の目線で」書いており、藤沢周平は「地べたから人の世を見ている」のではないでしょうか。
藤沢周平の話にはスーパーマンは出てこない。身を持ち崩した博打打やお家騒動に巻き込まれた下級武士等が主人公で自分自身を重ねられる。
うろ覚えですが、氏は確かこのような事を書いています。
「自分の能力を活かして活躍している人よりも、意に沿わぬ仕事であっても愛するものの為に黙々と眼前の仕事をこなす人のほうが好き」と。
ちょっと長くなりました。
なぜPCに向かいブログするのか。
それは人によって違うでしょうが、私の場合私の中にいる阿武蜂虎蔵と話をしているのかも知れません。
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