2008.01.23

跳べ 飛べ 佐藤真海

偶然チャンネルを廻したNHKの教育で「佐藤真海」に出会った。

二十歳の時に骨肉腫で右膝下を切断その後義足で北京パラリンピックの走り幅跳びを目指す。

とっても屈託のない笑顔の素敵な女性だった。そのような境遇になると自分を押し隠すようになると思うのだがまったくそんなかけらもない。

当たり前に社会生活(サントリーに在籍)を営み更に競技者として練習に打ち込む。

素直にすごいと思う。

それにとっても素敵な人だ。TVをみているだけでこちらのハートに訴えてくるものがある。

義足をはめて全力でグランドを疾走する姿に涙があふれてきた。それは与えられた人生をうらまずに自分の限界に挑戦するアスリートの強い姿だ。

俺も彼女のように全力で人生というグランドを疾走していきたい。

俺の声が彼女に届くかどうかわからないが俺は佐藤真海を応援をする。

跳べ 跳べ 佐藤真海

Dsc05933

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2008.01.06

野茂

野茂がロイヤルズとマイナー契約を結んだと自身のhpに書いた。

「とにかく怪我せず、頑張りたいです。」

それしか書いていないが、それだけで充分だ。

野茂の勇姿が今年は見れるかも知れないのだ。

今年は多くの日本人が高額の契約金を手にしてアメリカに渡る。

でも野茂はどこからも声がかからず、それでもマイナーから這い上がっていくのだという。

人間出処進退を誤るなと世間では云う。

それに従えば野茂は現役にピリオドを打ち、指導者や野球評論家のような道に進むのがいいとは思うのだが、そうはしない。

あくまでも大リーグのマウンドに立つことにこだわり続けている。野球は素人なのでよくわからないが、その私の目にももう盛りは過ぎているのはわかる。

それでも野茂は自分の道を進んでいく。

かっこいいと思う。ボロボロになるまで自分の道を最後まで進んでいくのだ。

Never givue up your dream

夢をあきらめるな

あきらめない気持ちが未来を変える

と書いてある。

私も「夢をあきらめるな」とコメントを入れた。

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2008.01.03

イチロー

昨晩NHKのプロフェッショナル仕事の流儀で「イチロー」をやっていた。

見られた人も多いと思う。私が一番驚いたのはシーズンに入って昼食はいつも夫人の作るカレーだという。7年続いてると言う。いくら好きとはいえ私に背脂ラーメンを毎日食えといっても一週間は続かない。

鈴木一朗からイチローに入っていく為の大事なステップなのだろう。

イチローほどの人間であっても重圧には耐えられないという。そこから逃れようとする。でもそう思っているうちはだめだと、07年の後半はその重圧にきっちりと向きあって打席に立つ姿があった。

試合後日本から来た友達と焼肉屋で食事をするイチローが映っていた。やや興奮気味に話す姿はもうひとつのイチローなのだろう。

イチローは私のような落ちこぼれからみると雲の上の人のような感じがしていたがとても身近に感じたドキュメンタリーでした。それが証拠に珍しくカミさんも一緒に観た一時間でした。

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2007.12.16

松井

Dsc05415 昨日、魚市場で新聞見てたら、松井の広告(広告主は忘れました)が出てました。

これ見ると確かにゴジラに似てるなーって思いました。

松井って30幾つなのかな?

それにしては随分と大人びた物言いをするよね。

まるで分別をわきまえている感じがする。

日本経済新聞に「ヒデキマツイ2007」と言う特集が月1回組まれる。あの日経にである、経営者を特集するのではなくスポーツ人をだ。

詳しくは触れませんが、これがなかなか面白いのです。

松井やイチローはピラミッドの頂点にいる人間です、だからどの世界にも相通ずるのでしょう。

私は松井がバッターボックスに入って足の位置を固め次に腰をブルブルッと震わせバットを正眼に構える。そしてやおらピッチャーの方を向く。その一連の動作が好きです。

まるで剣の奥儀を極めた剣士が真剣を抜いた時のような緊迫感があります。

それはイチローにも言えます。

松井が正眼の構えならイチローは上段の構えでしょうか。

ところで来年の1月2日にNHKでイチローを一年間徹底的に追ったドキュメンタリーが放映されるそうです。

今から楽しみです。

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2007.11.10

アルビレックス

娘のアッシー君でアルビレックスの試合を見にビッグスワンに行ってきました。

Img_0559 自由席で下から埋まってきて座った所は滅茶苦茶風の強い所で震えて観戦してました。

今日はFC東京を迎え「2:0」で勝ちました。これで3回目でしたが初めてアルビが勝ちました。

Img_0561 娘とあんまり話をする事は普段ないのです。

このときばかりはいろんなことを話しました。

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2007.09.10

秋場所始まる

大相撲秋場所が始まった。

NHKTVを通して見ていたわけではないので誤っていたらごめんなさい。

お客様もそれなりに入っているようでまずまずだが、何か締まらない。先の参議院選挙で言えば「総括がされていないのだ」いまや国民的というよりは国際的関心事になっているのだからけじめをつけて本場所に入るべきであった。

朝青龍本人がファンを前に「反省の弁」あってしかるべき。いないのなら相撲協会理事長北の湖が土俵上で一言申し上げるべきである。

相撲はプロ野球と並び日本国民に大変に人気の高いスポーツである。国技とさえ言われている。それだけ力士の行動に関心が集まる。ましてや横綱ともなればなおさらである。日本のスポーツ界では「心技体」とよく言われる。それらを極めてこそ真の王者である。

あの双葉山は69連勝で敗れたとき「我未だ木鶏たりえず」と言った。朝青龍は爪の垢を煎じて飲むべきだろう。

朝青龍は大きな勘違いをしている。

「強ければいいんだろう、強くてどこが悪いんだ」きっとそう思っている。北の湖理事長もしかり。

今、様々な業界や企業でなにか問題が起きたときには、直ぐ、広く公けにそのいきさつや問題点を明確にし改めるべきは改め謝罪すべきは謝罪をする。そうしないと国民からそっぽをむかれてしまう。国会議員や警察、芸能界やスポーツ界ありとあらゆるところが「悪いところがあれば直ぐに改める」のだ。

自分を批判するものの意見にじっと耳を傾け、そして自分の生き方を改めていくのだ。

それがこの社会に生きるものの正しい姿だと私は考える。

一国の総理であっても部下からやめろと言われる。

そうでないのは「北朝鮮と朝青龍」位ではないのか。

私が朝青龍なら今こういう。

「私は今まで心得違いをしていました。相撲は強ければそれでいいんだろうと考えておりました。心技体の心を磨くことを怠っていました。傍若無人な振る舞いがありましたことを心よりお詫びいたします。事ここに至りましては横綱の地位を返上し一力士に戻りやり直す所存であります。今後は更に稽古に励み技を磨く事はもちろん自分自身の行動を振り返り人間として正しく生き、親方先輩を敬い又次代を担う若いものの育成にも心を砕き皆の手本となるよう相撲道に邁進をするものであります。そして再び横綱の地位に戻れるよう再起を誓います。どうかこれからは私に至らないことがあればお叱りをいただきより一層のご指導をお願い申し上げます」

余計なお世話だが、ここまで言えなければ朝青龍は戻るべきではない。

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2007.05.13

本当の強さ

朝青龍が本場所でやられた仕返しを稽古場で返したという。しかも病院送りにし休場をするという・・・

と、ここで話は一段落するところであったが。

が、当の豊の島は怪我をおして出場するという。しかも初日にあたるという。

いやがうえにも盛り上がる。

それにしても事の真偽はわからないが・・・

報道が事実であれば、朝青龍は街のチンピラと変わりはないのではないか。

道を究めたものだけが持つ控えめな奥ゆかしさや品格などというものがまったく感じられない。

双葉山は69連勝でストップしたときに「我いまだ木鶏たりえず」といったという。

えらい違いだ。

更にいうなら、私の好きな池波正太郎の剣客商売だったかにこんなくだりがあった。(詳細はおぼえていないが)

秋山小兵衛とその御用聞きが呑んでいるとき、○○の話になり、

「いえねえ○○さんたらからっきしだらしがねぇんでございやすよ」

「どうした」

「○○さんが街をあるいておりやして、街のごろつきどもとすれ違ったときに刀の鞘がぶつかったとかで因縁をつけられて、ペッと唾を吐きかえられたんですよ」

「こりゃ○○さんがおやんなさるなと思いきや静かに頭を下げて唾をぬぐって過ぎていったんですよ。なーんだからっきし、だらしがねぇなあと思いやしたよ」

そこで秋山小兵衛は

「ふ~ん やっと○○も本物になってきたねぇ」

「本当の強さというのがわかってきたんだぇ」と杯を口に含むのであった・・・

とまあ概略こんなところである。

朝青龍はまるで横綱の地位と品格というものをわかっていない。

だが今は強い。

でもどこかで盛りは終わるだろう。

そうして誰の記憶にも残らない横綱となるだろう。

今日の勝負はどうなるかはわからないが。(13日14時30分)

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2006.07.09

ナカタ

ナカタが辞めた。

サッカーはあんまり興味がなく、ナカタという人はほとんど解らないがその名前は当然の如く聞いていた。

「自分の決断が間違っていたとしても後悔しない」と言う記事が次の日の新聞(日経)に載っていた。

なかなか云える事ではない。

このチームで行けるところまで行きたかったのだろう。

それはどこであったのかわからないが。

ナカタはキャプテンでもなければ、ましてやコーチ監督でもない。

彼は自分を見てそしてチームを見て常に鼓舞し続けていた。

唯チームメートはその声に応えなかった。いや応えられなかったのかもしれない。

他のメンバーを奮い立たせることが出来なかった。

その悔いは伏線としてず~っと前から有り、今回の件につながったんだと思う。

サッカーは予測が不可能な闘いだ。一つのパス一つのこぼれ玉から思いもしない展開が産まれてくる。そのチャンスやピンチを乗り切るにはチームの根底で連帯や深い絆がないと無理なのではないだろうか。

その事にナカタは限界を感じたのではないか。

ボールは自在に動かせても、人を自在に動かせなかった(この言い方は適切でない。自ら判断して結果を出す)事に

過去の試合のなかであのWBCの時のイチローのように「こいつらは本当の仲間だ」といった行動はなかったように思う。(オイラが知らないだけかもしれない)

ともあれナカタはサッカーをやめるという。

その潔さには武士道を感ずる。

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2005.07.19

愚直の人 野茂英雄

野茂が解雇された。

「オファーを待つ」という。

その短い記事の中に、それでも前を向いて進んでいこうとする野茂の生き様が見える。
彼は最悪の場合、また3Aから這い上がっていくのだろうか。

いや彼なら普通の事としてその道をとるかも知れない。

話は違うが、こんな話を聞いたことがある。
アウシュビッツの収容所では全ての人間的な行為を禁じられ退廃していた。歯を磨く道具はもちろんのこと与えられなかった。しかしその絶望の中でも投げやりになることなく、指で歯を磨き毎日成すべき事を淡々と成していき、そのことの積み重ねのなかから、生き抜くという力が生まれてきた人たちがいたという。

野茂は立つべきグランドがなくても、自分に与えた課題をクリアすべく精神と肉体にプレッシャーを与え淡々と毎日トレーニングをするのだろう。それはオファーがかかろうとかかるまいと。

己の心のマウンドに立ち続けているのだろう。

野茂に比べれば見栄えのしない人生かもしれない。それでも俺は家族のために。そして誰でもない自分自身のために

ちっぽけな、みすぼらしいマウンドかも知れないが、立ち続けよう。

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2005.03.30

やった!!

やった。日本勝った。
苦しんで、苦しんで苦しみぬいた末のオウンゴールではあったが、勝った。大事なことはとにかく勝つことだ。
あんまり技術的なことはわからないが「攻めるんだ」という気迫がTVから充分伝わってきた。それにしても今日の中村は何本打ったんだろう。

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