2008.07.03

新潟の夏

今日の新潟は蒸し暑かった。

ムシムシしてジトーッとくる暑さでした。

この蒸し暑さこそ新潟の夏の特徴なのです。

夜には、パラパラと大粒の雨が降ったかと思うとすぐ止み、一陣の風がサーッと吹いて来ました。

慌てて外に出てしばし風に吹かれていると、

やがて激しい雨が雷とともに叩きつけるように降ってきました。

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2008.05.31

好きです 新潟

衣替えで着た半袖を長袖に戻した土曜です。

農道や土手の草もグングン伸び、

木々の緑も深くなってきて時折音もなく降る雨に濡れなんともいえずにいい感じです。

田んぼでは耕作面積の多い農家なのだろう、雨に濡れながら独りポツネンと補植作業を行っている。

・・・

これから梅雨に入っていくのだけれども私はこの時期の新潟が四季のうちで最も好きです。

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2008.05.12

5月

南の海ではもう台風が発生したと言う。

011 日本各地もあったかくなり何年か前までは北海道は米作の北限地域であったが、今では米つくりに最も適した地域になったという。

田圃の早苗も根を張り、やや緑を増してきた。

我が家の枝豆も子供で言えば幼稚園ぐらいになったろうか。

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2008.04.14

春の麦

本日群馬に日帰りで行ってきました。

022 春の陽光に麦の緑がきらきらと輝き、風に気持ちよさそうにはためいていました。

こちらではすっかり桜花も終わり、初夏のひとつ手前と言ったところでした。

スケジュールはハードで好きなうどんも食べれませんでした。帰りは遅くなったので前橋から2時間で帰ってきました。

カミサン曰く「どうせ誰も待ってないんだからそんなに早く来なくてもいいのに」だって・・・

(-_-;)

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2008.04.07

白木蓮

016

早朝出社時に通った時は三分位の咲きであったが夜にはすでに満開になっていた。

この辺りは庭木として植えている家がかなりある。ぽっこりととした蕾の姿もいいが花弁が開いた時の清楚ななかにも艶やかさのある様はなかなかに良い。

この花は傷みやすく、すぐに茶色くなる。そうしてぽとりと音を立てるように花が散る。

真っ青な空に白く映えるが、真っ暗な闇に咲く白木蓮は最も美しい。

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2008.04.06

今日もまた気持ちのいい日だったな~。

新潟の桜はもう少しのところだろうか、ガソリンも下がったし町人のみんなは気晴らしにどこかに出かけたんだろうな~。

俺ら百姓はこの時期最も忙しい。

意外に思えるかもしれないが私は花見(桜)というのは一度も行ったことがない。近くに大河津分水という桜の名所があるのだがそれさえももちろん見たことがない。

まあ日中仕事で通りすがりや、夜帰宅コースを変えて夜桜を見るくらいでしょうか。

でもまあ今年は一度見に行くか。

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2007.12.31

モノトーン

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2007.09.02

秋の蝶

Img_0373_3 早いもので9月。

一気に秋が進んだようだ。今朝田んぼに行ったが長袖でちょうど良かった。

春がいいか秋がいいか人によって違うだろうが若いときは春の方が好きだった。今は人生の峠を下っているような感じを持っているのでしみじみとした秋がいい。

その寂寥の一方で稔りの秋を迎えるよろこびもある。

Img_0386_2 黄色くなった田んぼの畦を巡っているとじわーっとした満ち足りた気持ちがあがってくる。こちらは浴槽に水が満ちて行きいつのまにかあふれていくようなそんな感じだ。

この時期季節外れの蝶がいた。

蝶よりは赤とんぼが似合うのだろうが。

庭では法師蝉が夏の帳尻を合わせるように盛んに鳴いている。

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2007.08.23

夕暮れベストセレクション

  Img_0014_2Img_0002_23_2                                                                                                                                                    

Img_0001_36_2 Img_0002_37 Img_0005_19                                                    Img_0004_23                                                                                       

Img_0002_35 Img_0002_1                                                                                                                                                                                     

Img_0001_6 Img_0001                                                                                                 

                                 

                                                                                                             

                                                                                                                                                                    Img_0006_7_2 Img_0006_4                                                                                                

Img_0003_7                                                    Img_0005_15 Img_0001_7

過去に載せたもの載らなかったもののなかからちょっと抜粋してみました。したがって今の季節ではないものもあります。

全部私の身の回りの処で撮影しました。

人生のたそがれを途方に暮れながらトボトボ歩く                                  夕暮れ写真家 阿武蜂虎蔵

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2007.07.20

中越沖地震その後

地震後火曜から今日まで柏崎に通いました。

ここで誤解のないよう書いておきます。

私が現在籍を置いてる会社は柏崎に営業所があり13名の社員がおり営業活動を行っています。当然私はボランティアではありません。営業活動の建て直し(といっても戦力外なのでたいしたことはできません)と被災された従業員の家庭のなんらかのお手伝いができればとの思いで会社の業務の一環で行ったのです。そういう前提で私のブログをお読みください。

今回の地震では柏崎にいたる道路状況が良く、寸断孤立するということはありませんでした。高速道路は18日には柿崎~米山間のみが不通で20日には全線通れました。したがって救援物資や工事関係者は、スムーズに現地に入れたようです。

高速は一回帰りに柏崎からのってみましたが渋滞がひどくてかえって時間が掛かりました。そこで私達は主に関越道で小千谷まで行き、そこから291号線で桜町と武石トンネルを抜けて柏崎に入るルートを利用しました。比較的空いており往復3時間から4時間くらいで行き来できます。

とりあえずやったことは従業員の安否確認と各家庭の復旧作業と思いましたが、市の危険度調査が終わるまでは全く手がつけられない状態であり、又市のごみの受け入れ態勢も出来ない状態です。それにライフラインが通じていず、道路網もところどころで穴があいてるような状況なので所定の場所へ行くのも難しいです。

つまり柏崎全体として地震の後始末が全くできず余震の心配もあり、とりあえず危険家屋・地帯から避難していると言う状態でした。

その為復旧復興のお手伝いをしたいという全国からのボランティアの方々も受け入れをお断りしている状況です。本格的な復旧作業は来週以降になると思われます。会社からも多くの仲間が駆けつけようとしていますがstopをかけてるところです。

生活には水がとにかく必要なので毎日20Lのポリタンクで水をワゴン車いっぱい運びました。従業員に持ち帰らせ飲み水や生活用水として使うのです。

復旧作業はそういう状況で出来ないので、お客様の確認をしようとなりました。

私は原発の或る地域から刈羽、西山地区を担当してる者と一緒に1軒づつ廻りました。この地区は海沿いでごく低い山並みが続いている地域で、震源地から最も近く被害の大きかったところです。

柏崎の市街で倒壊した建物は古い建造物で農舎や車庫、お寺等構造的に弱い建物に集中してグシャッと潰れていました。

でもこの地域では一般の住宅、なおかつ強度的にも高い新築の住宅も被害にあっていました。

構造的にも強い為家屋そのものは倒れていないのですが、その分中はめちゃめちゃで畳が盛り上がっているかと思うとグッと落ち込んでいたり柱も斜めになっており壁が剥がれ落ち地震による地殻変動の凄まじさを物語っていました。この地区の生活道路はいたる所で陥没や隆起が見られ、パックリと割れて地の底が見えるかと言うようなところが数多くありました。

集落によってはほとんどが「危険家屋の赤紙」か「要注意の黄紙」が貼られていました。

皆さんこれだけの被害にあっていながら、「あんたたちんとこ大丈夫だったかね」と逆に私達を気遣っていただきました。

この地区では救援物資も遅れ気味で充分行き届いていないようでした。

電気は大体今日位で開通をし、水道は25日くらいにはほぼ通ずるようです。が、ガスは全部開通するにはお盆頃、地区によっては1年くらいかかるかもしれないと説明があったようです。

或る若い奥さんと話をして、「ご主人は」と聞いたら、「ライフライン関係の仕事をしているから、毎日朝早く出かけて夜中にしか帰ってこないの」と、めちゃめちゃになった新築したばかりの家の前で

「自宅はもう手がつけられないからしょうがない、それよりもライフラインをつなげるのが優先だと主人は言っている」と静かにおっしゃっていました。

又、集落のあちこちで逢ったお年寄りの呆然とした表情が今も残っています。

今日は夕方になって細かい雨が音もなくアスファルトに染み込むように降って来ました。

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鉄塔は刈羽にある原発の送電が止まった塔です。最後の写真は西山町に在った半鐘です。何か災害があったときにたたくものですがもう何十年と出番のないもので緑青が青く葺いていました。

写真は沢山撮ったのですが、今回はこれだけにします。

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2007.07.14

3年前の7月13日

どんよりとした雲の下に緑の田んぼは静かに何事も無かったように広がっている。

3年前のあの日夜明け前から雨は休むことなく降り続けていた。普通明け方というのは大気が安定をしていて、あまり雨は降らないのだが・・・

仕事柄朝が早くその日は気温が低くかつじっとりとして妙に空気が暗く重たかった。

工場の床のコンクリの継ぎ面から水が静かに湧いてきていた。こんなことはかってなかった。日々の忙しさに流されてやがてそのとき感じた異常感はどこかに消えていった。

外に出ている社員から、異変を知らせる電話が何本か入ってきた。誰かがどこからかTVを引っ張り出してきた。

三条諏訪新田地内の五十嵐川左岸が13時15分頃決壊したらしいとのニュースをTVは壊れたテープレコーダーのように繰り返し繰り返し流し始めた。

どういうわけかその時は事の大事が理解できずにそれでも、該当する近くの従業員を帰宅させ、自分は山のように溜まった仕事を唯、事務的にこなしていた。

やがてカラーチャートに載っていない不気味な泥水があたり一面に流れてきたのだ。

そのときの様子は2年前のブログ「7.13」,「静かに製造ラインが動き出した

に載せているのでごらんになってください。

・・・   ・・・   ・・・   ・・・   ・・・

あれから3年たったのだという。

その時間の経過というものが私にはよく飲み込めない。

まるで10年から15年位の時間の積み重ねがあるように思われる。3年という時間がとても長く重たく感じられる。

いまでも、暗い空、シャツを冷たく濡らす雨、雨上がりの水嵩を増した泥水の川・・・等をみるとあの時の出来事がトラウマのように蘇ってくる。

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2007.04.30

どこにでも或る夕景

Img_0001_7_3今日は暑かった。25度くらい行ったんではないでしょうか。

ここんとコ寒い日が続いたんでよけい厚く感じました。仕事で上越まで車で移動しましたが窓を開けて走りました。最高の気分転換になりました。

←この写真、家の二階の屋根に出て撮りました。

田圃に水が入り蛙がゲコゲコ鳴いています。

まあ、どこといって普通の夕暮れ写真ですがなんか気に入りました。

毎日毎日見慣れている光景といや光景ですが、沁みてくる

写真です。

或る小説家(藤沢周平)の本に書いてありましたが、「キラキラ光り輝く人生よりも、何かに耐えているような人生の方に共感を覚える」と。

Img_0001_8_4 その言い方を借りると「世に名立たる景勝地よりも、毎日見慣れたどこにでもあるような景色にこそ共感を覚える」と。

正にそんな感じの今日の夕景でした。

→は、帰りに通る信濃川の可動堰の上から撮った写真です。

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2007.01.17

白と黒の間にある色

Img_0001_5_6 Img_0001_8_3 Img_0003_4_3 Img_0002_4_12 Img_0001_4_8 Img_0005_1_11 瞬間、瞬間に移り変わっていく雲。二つとして同じ姿はない。

強い西風に流されながら。時折そのむこうの青空を覗かせ。

灰色百色という。まるで人の心の色を映しているようだ。

なにげのないどこにでもある冬の空である。しかしその一瞬は二度とない。

だから私は下手なシャッターをなんべんもなんべんも切る。

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2007.01.07

大寒波襲来

ッカ ー

閉じた瞼の向こうで稲妻が走る。

ゴロ ゴロッ ゴロゴロゴロッ バリバリバリー

雷鳴が轟き障子がガタガタッと震え、窓ガラスがビリビリッと震える。

バラバラ バラッと大粒の霰が屋根を激しく打つ。

いよいよ寒波がやってきた。

冬はやっぱりこうでなくっちゃ。

ウワッついた心や甘い気持ちを打ち砕くように寒波はやってくるのだ。

厳しい冬の前では何も通用しない。

人をどん底に突き落とすのだ。

如何に自分が無力であるか、その信念が本物かどうかを冬は見定めるのだ。

その怖さにガタガタと身震いし泣きボロ目ながらも手さぐりで歩いていくしかないのだ。

いいじゃないか、上等じゃないか。

暗くて何も見えないがそれでも遥かな頭上には北極星が輝いてるはずだ。

今は漆黒の闇の中だから見えないだけの話なのだ。

あたりをつけて進んでいくのだ。

迷わず行けよ

行けばわかるさ。

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2006.12.14

夕景暮色

Img_0002_2_39 Img_0003_2_4 Img_0006_22 Img_0008_17 Img_0013_8 Img_0014_7 Img_0016_7 Img_0002_1_3 

あと二週間で今年も終わるのだ・・・

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2006.10.21

晩秋と呼ぶには早い秋の夕暮れ

Img_0001_54 三秋の中でも冬に近い一ヶ月間を晩秋と呼ぶそうな。

初秋、仲秋と続き晩秋に入る。

朝晩の寒さは日によっては強く感じる。

秋の夕暮れは「釣瓶落とし」というが正にあっという間である。

井戸など今はもうどこにもないが、釣瓶を井戸のなかに落とすようにたちまちに落ちてしまうのだ。

Img_0003_1_14  土手下の小さな畑では老いた夫婦が、黙々と葱の手入れをしていた。そういえば、池波正太郎の話には「根深汁」という言葉が頻繁に出てくる。つまり長葱の味噌汁だ。                                           オデはこの葱と言う奴、大好物なのだ。

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2006.10.14

陽は沈み 日は又昇る 2

Img_0005_19_5 Img_0008_7_4   

Img_0010_5_3

いま54才と6ヶ月位だから、生まれてこのかた2万回弱お天道様の沈み昇りを経験してる勘定になる。

でもゆっくりとその光景を見たことは手と足の指の数ほどないんじゃないんだろうかとつくづく見入ったほどの光景であった。(正しくは夕陽は12日、朝日は14日)

経済活動や人との約束を守る事はとても大切な事だがのんびりと何もかも忘れてお天道様を見るぐらいのゆとりは持ちたいものですね。

好きな言葉にこんなのがある。

「つまりは、人間というもの、生きて行くにもっとも大事のことは・・・・・・・たとえば、今朝の飯のうまさはどうだったとか、今日はひとつ、なんとか暇を見つけて、半刻か一刻を、ぶらりとおのれの好きな場所へ出かけ、好きな食物(もの)でも食べ、ぼんやりと酒など酌みながら・・・・・・・さて、今日の夕餉には何を食おうかなどと、そのようなことを考え、夜は一合の寝酒をのんびりとのみ、疲れた躰を床に伸ばして、無心にねむりこける。このことにつきるな」

これは鬼平犯科帳のなかで池波正太郎が長谷川平蔵にいわせた文句である。この文言を目にしてスーッと体の力が抜けていく感じがした。

アッ無理する必要ないんだ。

うまいものでも食って好きな酒を呑んで、疲れたらゴロット横になって又起きればいいんだ。

出てくる盗賊も火付盗賊改方の同心も、ましてや長谷川平蔵もうまい蕎麦を食いそして酒を呑む。

Img_0001_62 そしたらこの俺も同じじゃないか。

どう生きたっていいんだ。

そう思ったら瘧が落ちるように楽になった。

今でも手帳の住所録にコピーが貼ってある。

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2006.09.23

今日は朝の写真です

特別どうということのない一日ではあったが。

Img_0005_17_1 Img_0002_32_1                毎週土曜は出荷がないから遅く出社する。といっても6時半頃には会社に入る。ちょうどその頃は朝の時間帯としては一番いい頃なのではないか。

今日はうっすらと霞がかかっていてなかなかにきれいであった。

Img_0003_22_2 Img_0001_38_3 朝の来ない夜はないと誰かが言ったが、まったくそのとおりだ。

「そんなこだっちもないことで(くだらないことで)悩んでなんかいるなよ」とお天道様がいってたような朝であった。

Img_0001_37_6

そんなに大それた目標を持っているわけでもない、又何が出来る訳でもない。

唯家族のために、己を犠牲にしても生きて行こうと思っている。(時々は揺らぐが

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2006.09.21

夕焼けに染まる男

Img_0006_9_2 Img_0007_8_3                                                                                                                                    夕焼け評論家というのがいた。週末起業のすすめという本の中で「あなたの最も好きなことをやりなさい」というのでつきつめていったら夕陽が好きで、あちこちの夕陽を見ているうちに、色んなところから呼ばれてどこの夕陽がきれいだとかあそこのホテルの何階の何号室から見る夕陽が最高だとかで、結構ビジネスになってるのだと言う。

Img_0006_7_8 たまたま私の仕事は朝が早く、帰りはちょうど夕陽が沈む頃なのです。                             Img_0003_15_1  だから偶然に夕陽の写真が多く溜まります。                 他の人のブログを見ると花の写真を多くとられてる方がいらっしゃいますが、何故か私は夕陽なのです。それと雲の写真が多いようです。

特段景色のいい場所では有りませんがこれが私が毎日毎日みている景色なのです。

Img_0002_31_1 ←「あっ」これは朝焼けの写真です。

仕事中トイレに行ったとき、とてもきれいだったので。慌てて撮りました。ちょっとにおいますでしょうか。

仕事中にデジカメを持ってるのといわれそうですが、何でも持ってるのです(-_-)。

Img_0002_30_2 Img_0005_14_1 帰り道に信濃川と中之口川に掛かる可動堰の上を渡るのです。ちょうど川の向こうの越後平野の更に西の端に国上山、弥彦山がありその向こうの日本海に落ちていくのです。

少し意外と思われるかもしれませんが、この辺りに来ると車を堤防の上に止め 土手の草に腰を下ろししばし夕陽を眺めている事があります。

Img_0002_25_1 きっと横顔が夕陽に染まって絵になってるんではないかと思っています。

(-_-)

こんなところで、いい酒を呑んだらうまいだろうなとよく思います。

でも車ですから、呑んだ事はありません。

ザワザワとした一杯飲み屋も好きですがこんな自然の中で呑む酒はうまいだろうなと思います。

いつか自転車の籠にお気に入りの酒を乗せて 、川べりでしみじみと呑みたいなと思います。

そうでなかったら川舟にうまい肴と酒を乗っけて、船頭をつけて下ったら最高だろうなと思います。

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2006.09.08

Img_0001_31_1 満月と呼ぶにはまだ1・2日早いのだろうか。

東の空に形の良い月が上がっている。

9月もはや10日近く。

名月を肴に一杯といきたいところだが、当家の間取りから行くと南に月が来ないと見えない。

まあしょうがないか。

明日あたり外に出て一杯やるとするか。