新潟の夏
今日の新潟は蒸し暑かった。
ムシムシしてジトーッとくる暑さでした。
この蒸し暑さこそ新潟の夏の特徴なのです。
夜には、パラパラと大粒の雨が降ったかと思うとすぐ止み、一陣の風がサーッと吹いて来ました。
慌てて外に出てしばし風に吹かれていると、
やがて激しい雨が雷とともに叩きつけるように降ってきました。
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今日の新潟は蒸し暑かった。
ムシムシしてジトーッとくる暑さでした。
この蒸し暑さこそ新潟の夏の特徴なのです。
夜には、パラパラと大粒の雨が降ったかと思うとすぐ止み、一陣の風がサーッと吹いて来ました。
慌てて外に出てしばし風に吹かれていると、
やがて激しい雨が雷とともに叩きつけるように降ってきました。
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衣替えで着た半袖を長袖に戻した土曜です。
農道や土手の草もグングン伸び、
木々の緑も深くなってきて時折音もなく降る雨に濡れなんともいえずにいい感じです。
田んぼでは耕作面積の多い農家なのだろう、雨に濡れながら独りポツネンと補植作業を行っている。
・・・
これから梅雨に入っていくのだけれども私はこの時期の新潟が四季のうちで最も好きです。
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今日もまた気持ちのいい日だったな~。
新潟の桜はもう少しのところだろうか、ガソリンも下がったし町人のみんなは気晴らしにどこかに出かけたんだろうな~。
俺ら百姓はこの時期最も忙しい。
意外に思えるかもしれないが私は花見(桜)というのは一度も行ったことがない。近くに大河津分水という桜の名所があるのだがそれさえももちろん見たことがない。
まあ日中仕事で通りすがりや、夜帰宅コースを変えて夜桜を見るくらいでしょうか。
でもまあ今年は一度見に行くか。
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地震後火曜から今日まで柏崎に通いました。
ここで誤解のないよう書いておきます。
私が現在籍を置いてる会社は柏崎に営業所があり13名の社員がおり営業活動を行っています。当然私はボランティアではありません。営業活動の建て直し(といっても戦力外なのでたいしたことはできません)と被災された従業員の家庭のなんらかのお手伝いができればとの思いで会社の業務の一環で行ったのです。そういう前提で私のブログをお読みください。
今回の地震では柏崎にいたる道路状況が良く、寸断孤立するということはありませんでした。高速道路は18日には柿崎~米山間のみが不通で20日には全線通れました。したがって救援物資や工事関係者は、スムーズに現地に入れたようです。
高速は一回帰りに柏崎からのってみましたが渋滞がひどくてかえって時間が掛かりました。そこで私達は主に関越道で小千谷まで行き、そこから291号線で桜町と武石トンネルを抜けて柏崎に入るルートを利用しました。比較的空いており往復3時間から4時間くらいで行き来できます。
とりあえずやったことは従業員の安否確認と各家庭の復旧作業と思いましたが、市の危険度調査が終わるまでは全く手がつけられない状態であり、又市のごみの受け入れ態勢も出来ない状態です。それにライフラインが通じていず、道路網もところどころで穴があいてるような状況なので所定の場所へ行くのも難しいです。
つまり柏崎全体として地震の後始末が全くできず余震の心配もあり、とりあえず危険家屋・地帯から避難していると言う状態でした。
その為復旧復興のお手伝いをしたいという全国からのボランティアの方々も受け入れをお断りしている状況です。本格的な復旧作業は来週以降になると思われます。会社からも多くの仲間が駆けつけようとしていますがstopをかけてるところです。
生活には水がとにかく必要なので毎日20Lのポリタンクで水をワゴン車いっぱい運びました。従業員に持ち帰らせ飲み水や生活用水として使うのです。
復旧作業はそういう状況で出来ないので、お客様の確認をしようとなりました。
私は原発の或る地域から刈羽、西山地区を担当してる者と一緒に1軒づつ廻りました。この地区は海沿いでごく低い山並みが続いている地域で、震源地から最も近く被害の大きかったところです。
柏崎の市街で倒壊した建物は古い建造物で農舎や車庫、お寺等構造的に弱い建物に集中してグシャッと潰れていました。
でもこの地域では一般の住宅、なおかつ強度的にも高い新築の住宅も被害にあっていました。
構造的にも強い為家屋そのものは倒れていないのですが、その分中はめちゃめちゃで畳が盛り上がっているかと思うとグッと落ち込んでいたり柱も斜めになっており壁が剥がれ落ち地震による地殻変動の凄まじさを物語っていました。この地区の生活道路はいたる所で陥没や隆起が見られ、パックリと割れて地の底が見えるかと言うようなところが数多くありました。
集落によってはほとんどが「危険家屋の赤紙」か「要注意の黄紙」が貼られていました。
皆さんこれだけの被害にあっていながら、「あんたたちんとこ大丈夫だったかね」と逆に私達を気遣っていただきました。
この地区では救援物資も遅れ気味で充分行き届いていないようでした。
電気は大体今日位で開通をし、水道は25日くらいにはほぼ通ずるようです。が、ガスは全部開通するにはお盆頃、地区によっては1年くらいかかるかもしれないと説明があったようです。
或る若い奥さんと話をして、「ご主人は」と聞いたら、「ライフライン関係の仕事をしているから、毎日朝早く出かけて夜中にしか帰ってこないの」と、めちゃめちゃになった新築したばかりの家の前で
「自宅はもう手がつけられないからしょうがない、それよりもライフラインをつなげるのが優先だと主人は言っている」と静かにおっしゃっていました。
又、集落のあちこちで逢ったお年寄りの呆然とした表情が今も残っています。
今日は夕方になって細かい雨が音もなくアスファルトに染み込むように降って来ました。
鉄塔は刈羽にある原発の送電が止まった塔です。最後の写真は西山町に在った半鐘です。何か災害があったときにたたくものですがもう何十年と出番のないもので緑青が青く葺いていました。
写真は沢山撮ったのですが、今回はこれだけにします。
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