2008.05.20

歌謡コンサート

火曜の歌謡コンサートだけは欠かさず見るんだな~。

地域でも職場でも人と人のつながりが希薄になり、代わって理屈や利益がまかり通る。

演歌を聴いていると今では薄れてきた、男と男のつながりや男と女の恋心、夫婦の思いやりが戻ってくる気がする。

いいな~。

昔から変わらない人間としてのあるべき姿がそこにはある。

昔は会社でオバサンたちを引き連れてカラオケへ行ったもんだよな~

何が変わったんだろ~

・・・

俺が変わったのかもしれないな~

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2008.05.09

青果市場

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久しぶりに朝5時頃三条の青果市場へ行きました。

007 私は、若い頃ここで働いていました。

関東でいうところの「やっちゃば」です。

とれたての野菜や食べごろの果物が続々と運び込まれ、青果物と買い人で溢れ沸き立つような熱気があります。

市場の中に地場野菜コーナーというのがあります。[↑の写真は4月札幌の市場でのワンショットです(昔の自分を思い出しました)]

Dsc05590 ここには近隣の農家が農協(今のJA)の販売や地域の出荷組合に属さず個人で相場を見ながら出荷をしてきます。特定の箱を作らずバナナ箱(スーパーや八百屋から箱を買う)に入れて朝採りの露がかかった野菜達です。

[←の写真は昨年の12月三条中央青果でのワンショットです(我さきにという感じです)]

今ですとほうれん草、小松菜、かぶ、キャベツ等が所狭しと並んでいます。その中でも私はこのかぶというのが特に好きです。食べるのも好きなんですが「見る」のが好きなんです。武者小路実篤なんかの絵に出てきそう(彼の絵にはかぼちゃが多いようです)

004_2 大概の人は気晴らしに自然のなかへ出かけて行きますが、私は青果市場や魚市場へ季節の移り変わりを求めに行くのです。

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2008.03.01

麦踏み

こっちの天気はどうだったんだろうか。

今日は朝の5時半にでて群馬へ行ってきました。

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018  今風の「麦踏」始めて見ました。普通、植物が生育途中で腰折れしたらあんまりよくないと思うけど麦だけは別なんでしょうか。

この仕事、コンクリのローラーでぐるぐる田んぼを廻っていく。なんか面白そうです。

[続きを読む]

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2008.01.29

いわき勿来

これ読めないよね。

・・・

Dsc06010 まあ福島県の人なら読めるんだろうけど。

「いわきなこそ」って読むんだって。

そこに行って来ました。一年に一度仕事の関係で東北の人たちが集まって会議をするんです。いっちゃなんだけどたいした集まりじゃないんでいつも私にお鉢が廻ってくるのです。

Dsc05982_2 車で3時間半くらいかかります。日本を横断するのです。

日本海から太平洋へ行くのです。昨日の新潟は凍てついた朝でした。しかし会津を超え、郡山を越えてゆくともう雪はありません。ハワイアンセンターがあるんですもの。

日本は広いなあと感じました。

いわき勿来の保養センターが会場でした。

夕食のメインは鮟鱇鍋でした。

Dsc05985_2 ここは朝日が太平洋からでてくるというので期待していたのですが残念ながら雲が厚くて見れませんでした。

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2008.01.27

ワイパー

昨日うれしかった事がひとつ。

ワイパーがくたびれて給油の度に店員から「換えたほうがいいですよ」と言われていた。

Dsc05958 カー用品のY店へ行ってどれを買ったらいいかわからないので、店員に尋ねたら早速車の所へ行き古いのを抜いてきて合うのをはめてくれた。たかだか一本700円位のを3本そこまで親切にしてくれるとは思わなかった。

「おたくさん親切ですね」

「いえ当たり前の事です」

商売はこうでなくっちゃ駄目だと思いました。

省けるものは極力省いて価格に反映させる。こちらの店も基本的にはそういう戦略なのだろうが、片やお客様の身になって丁寧に対応する。

そういえばここの社長は「トイレの掃除」で率先している方である。NHKのラジオで2度ほど聞いたことがあるし、新潟県にもそのことで何回か来ておられるのではないだろうか。

燕でもその活動を実践している人たちがいる。

「あなたもトイレ掃除を実践しているのですか」と聞いたら

照れながら「はい」と答えた。

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2008.01.11

28万円の車

インドのタタという自動車会社が10万ルピー(日本円で28万円)の車を開発したというニュースが流れた。軽自動車サイズの車だ。

インドの物価や暮しぶりはわからないが革新的な車ではないか。

昔結婚した頃、確かスズキのアルトの一番安いのが48万円位でカミサンの車に買ったのを覚えている。

車の国内販売台数は前年を割っていると聞く。特に若者の車離れが進んでいるのだ。若者は車が大好きな人類だが・・・それだけ若者をひきつける車がないのだ。

私は今20万円の中古車(ホンダロゴ)に乗っている。7.13水害の時愛車が沈没した。その後すぐに車を探したが、水害による中古車特需で中古車という中古車は県央地区ではほとんど無かった。しかたがないので、間に合わせに何でもいいからとオンボロロゴを買ったのだ。ほとんど通勤にしか使わないから以来ズーっと乗り続けている。これがなかなかいい車で故障もせず全く手がかからない。今年車検なので乗り換えようかと思っているが乗りたいと思う車が全くない。(車のことは詳しくないのでわからないが)

第一高すぎると思う。技術がアップしコストが下がっているのにエンジンやボデイを大きくしたり、余計なものをつけて売価を上げている傾向にある。そうしてまるで応接室のような内装にしている。

人それぞれだが応接室に乗っているのではないのだから、基本性能(走る・曲がる・止まる)をしっかり作ってあとは余計なものは省き極力シンプルにし売価を下げるべきだ。

前途の「タタ」のように・・・

1000ccで48万円、1500ccで68万円位がベストプライスではないのか。この売価で「Fun to dorive」できれば売れに売れるとは思うがな・・・

そう考えていくとすべての商品がもっとシンプルに基本性能をしっかり抑えたモデルを出すべきだろう・・・・

つい最近買ったが、たとえばパソコンなんかもそうだ。

3万円位がベストプライスではないか。

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2008.01.10

ナショナル

松下がその名を捨てPanasonicに統一するという。

ニュースでも言っていたが、あの

「明っるいナショナル ラジオテレビなんでもナッショナル」

のあのナショナルだ。

ちょっとびっくりした。

日本という国が、「日本」、「ニッポン」、「ジャパン」と呼び方が様々あり、その名を「Japan」と統一するようなものではないか。

それだけの危機感がナショナルにあり、強い意志が見える。

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2008.01.04

仕事始め

大概の会社は今日から仕事始めでしょうか。

朝の車の流れがいつもの6~7分位でした。今年は12月29日~1月3日ガ休みのところが多かったみたいですね。私は今日から仕事のような休みのようなそんな感じです。

元来が怠け者なのですが加えて貧乏性というか余暇をエンジョイできないというか中途半端な性格なものでまあ顔出しに午前中行ったというところです。

午後からは休んでプライベートで遣り残していることをちょっと整理します。

←ラーメン関係は「燕三条背脂ラーメン」に書いています。

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2007.12.24

もうぐれる

早いもので今年も暮れる。

我々食品業界にとって暮れは、天王山というか関が原というか鳥羽伏見の戦いというかとにかく最大の山場です。

ここでは普段売れる物ではなく「ハレ」の物が売れるからほとんど予測で仕入れや製造を行う。もちろん過去のデーターと今年のこれまでの販売動向を見極めながら手を打つ。

これがなかなかに難しい。余れば大変だし足りなくなるのはもっと大変だ。したがって悩みに悩むのだ。私なんかは夜そのプレッシャーで目が覚める。(いたって小心者ゆえ)

そしてこの時期、電話をするとイライラして「もうぐれそうらっや」と大概の人は必ず云う。

→「もうぐれる」とはこの辺の言葉で、「あんまり忙しくって頭がおかしくなりそうだ」の意味です。

自分の予測と実際の売れ方のギャップに驚きながらなんとか修正を試みたり、そんなはずはないと己を正当化する。かつ現実はアマゾンのポロロッカか銭塘江の大逆流のように圧倒的な力を持って背高の何倍もの迫力で迫ってくるのだ。あがらう術もなく唯呑み込まれながらも何とか這い上がろうとする。

この葛藤こそが仕事の醍醐味なのだ。つまりプレッシャーが強ければ強いほど逃げ出したく(しょっちゅう)なり、終わった後の充実感は何物にも替えがたいのです。

Dsc05527 もちろん失敗した場合のダメージは甲子園で敗れた学校のように尾を引くのだ。

いずれにせよ今年もあと6日で終わる。

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2007.11.07

ベンチャー企業

月火は仕事で群馬へ行きました。

Dsc04487_2 いつも泊まる所は前橋の「ファミリーロッジ旅籠屋」というところです。

ここはすごくいいのです。

まず「安い」。金額は平日1泊で5250円です。家族4人で泊まるとなんと10500円。部屋は大きめのWベッドが2基あり小さな子供のいる家族4人は楽に泊まれます。

それに「清潔」。この前橋店以外は泊まったことはないのですが、とにかくシンプルで清潔です。何もない、部屋にはTVが一台あるだけ。それにネット接続ケーブルだけ。

「自由」なんです。基本的にはロードサイドにあり、いつでも自由に入れます。ですから夕食はファミレスでもラーメン屋でもどこでも食べればいい。朝食はバターロール、クロワッサンにコーヒー等好きなだけ食べれる。

今北関東東北を中心に20店舗あるそうです。

ここの経営者はまだ50代の半ばで脱サラをしてやられたそうです。アメリカを車で旅行されてモーテルのあまりの多さと便利さを体験していつか日本にもロードサイドのモーテルの時代が来ると始められたそうです。当初はモーテルというと「ラブホ」と勘違いされてなかなか融資を得られず、地主にも地域にも断られたそうです。

ここはベンチャー企業として注目を集めています。そのことを聞いたときこの旅籠屋がベンチDsc04482_2 ャー?と思いましたが考えてみるとこの旅籠屋形式の「ロードサイドの素泊まりホテル」というのはないのです。

なるほど昨今の時流に乗った業種だけが魅力あるのではないのだ。畳屋だって風呂屋だって百姓だってやり方、切り口を変えて運営すればお客様が振り向いてくれるのだ。

近くのスーパー銭湯に行きゆったりとした気分になり、帰り道のスーパーで半額の「あじ刺し」「鳥唐揚げ」「幕の内」を買い求め、旅籠屋の社長の描いている夢を想像しながら一人楽しく(ーー;)発泡酒をいただきました。

蛇足ですが相方は本生と極旨でした。

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2007.11.03

刺さったままの棘

北海道に行った折、12年前に別れた人に会ってきました。

私が籍を置いてる会社は16年前ある事業を展開するために北海道で驚異的な営業を行っていたC社と業務提携をし新潟県での展開を始めました。全く分野の違うところから参入してきた我々は何もわからずスタートから悪戦苦闘の連続でした。又既成のところからの猛反発もあり、商品の手当てもままならず、開店当初こそ良かったが後は泥水の中を泳いでいるよな連続でした。

私が担当していた部門の相手方の責任者はMAと言う人で私より一つ上のとても温厚でかつ実行力のある人でした。「自分の眼前にある問題を素直に受け入れ冷静な判断で最善の解決策を導き出していく」そんな人でした。1ヵ月ほど新潟に滞在し私たちを指導してくれました。私たちはとても気が合いずーっと一緒に仕事をしてきたような気持ちを持っていました。

しかし4年の間に両社のあいだにひびが入り、やがて抜き差しならぬものとなりついには業務提携を解消するまでに至りました。

当然私たちもその日から一切の連絡を絶ちました。

但し年賀状のやり取りだけは、わずかな近況を書く程度に毎年続きました。

1ヶ月前MAさんから、「会社を辞めた」との挨拶状が届きました。

今回札幌に行った折電話を入れましたが留守でした。水曜に「今どこにいるんだ」と携帯が鳴りました。

札幌で2時間程会い話をしました。

彼は奥さんを連れてきました。一緒に飲むつもりだったのです。

でもどうしても外せない用が夜にありそれは出来ませんでした。

彼も過酷な企業社会の中で随分と苦労したようでしたが、今は第一線を退きとても温厚な顔をしていました。

「それじゃ」

と、再開を約束して二人は帰っていきました。

心に刺さっていた棘がとれたような、今はそんな気持ちです。

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2007.11.02

酒 (ーー;)

まあ出張の楽しみはこれです。

Dsc04327 Dsc04318_3                     普段は爪に火をともすような生活をしているのでこのくらいは許していただけるでしょう。

琴似の「鳥太 郎」というお店です。

安くて日本酒の品揃えのいい店がお気に入りです。

ここは新潟の酒もかなり置いておりそれに全国の名だたる酒があります。この日は普段飲んだ事のないお酒を呑みました。

Dsc04355_3 Dsc04358_2   まず良い酒でした。

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落葉

Dsc04361札幌は寒かった。

仕事で2泊3日で行ってきました。

今朝は1~2度でした。ニュースでは所によって初雪が降ったといっていました。この写真は発寒の公園です。樹木の種類は判りませんが木々の葉は半分ほど落ちていました。

それが公園に敷き詰められていてとってもきれいでした。

それに街路樹の七竈(ななかまど)の実は真っ赤に色づき葉も真紅でそれはそれは見事でした。

街行く皆さんはコートを着てマフラーをしていました。

Dsc04363_2 天気は悪く、薄鉛色の空を見ているとさすがの私も少し滅入ってくる気分でした。

そんなわけではないんですが、仕事を終え琴似のスーパー銭湯に行きあったまりました。

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2007.10.23

芦之牧

福島のいわきに仕事があり昨夕から相方と2人で出かけてきました。

Dsc04117 通常はいわきか郡山のビジネスホテルに宿をとるところでしたが紅葉の名所「芦之牧」に泊まりました。

ここの経営者が知り合いであったため格安に泊めていただきました。

ここはホテルの前が大川渓谷と呼ばれる絶壁で宿に入った時、目の前にライトアップされたその垂直に切り立った峪がありました。

光量がやや不足していました。がその分えもいわれぬ美しさでした。

露天の風呂から見るそれは又格別でした。

Dsc04135 地酒ということで会津ほまれがでてきました。

会津で飲む会津ほまれは格別なものがありました。

Dsc04179 帰りは旨い蕎麦でも食おうと会津若松で高速を下り49号線を走りましたがなかなかなく会津坂下でやっと蕎麦やをみつけ入りました。

紋平茶屋と言うお店であんまり期待してませんでしたがこれがなかなかに旨かったです。

汁は3種類出てきました。辛味大根のすりおろし、かつおだし、地鶏だしでした。そばは10割でした。

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2007.10.19

小林繁と江川卓

今日の日経に「小林繁と江川卓」が冷酒グラスを持ち実に絶妙の距離をとってにこやかに並んでいた。

黄桜という酒造メーカーの一面ぶち抜きの広告である。

江川は私らの年代よりは一回り若い世代である。あふれんばかりの能力とモノに動じない振る舞いはまさに「怪物」と呼ばれるにふさわしかった。

あの日(1979年1月31日1月31日)から実に28年ぶりの9月11日に2人は初めて言葉を交わした。

とある。

詳しい内容は黄桜のhpを見てください。

2人は話をした事が無かったというのは意外であった。それと2人を比較すると意外や戦績においては勝ち星防御率ともにほぼ同じなのである。なおかつ辞めた年齢も31と32である。どちらかというと江川の方が結果において勝っていたように思っていたが・・・

私は野球はあんまりわからないのですが、何かにつけてこの2人の胸中はどうだったんだろうと考えをめぐらしていた時期がありました。

特に小林のほうに関心がありました。

その心の軌跡は勝手に想像するだけでわかりませんでしたが、

鞭のようにしなやかな体を使いサイドから帽子を飛ばさんばかりに投げるその姿に男としての生き様をみた思いでした。

現役を引退すると多くは肥えてくるのですが、写真で見る小林は現役と全く変わらない精悍な顔つきでありながら、呪縛を解かれたようなとってもいい顔をしていました。

平凡な生活の中に埋没している私ですが、

今日は、運命に流されながらも懸命に抗(あがら)って野球人生を送った2人がとてもまぶしく輝いて見えました。

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2007.07.17

悲嘆にくれてはいられない

Dsc02196_2 私の勤める会社では柏崎に営業所があり13名が勤務しています。

今朝、柏崎に入りました。

中越地震のときに比べ今回は比較的道路状況が良いようです。今朝、北陸道は通行止めでしたが、関越道(高速)が開通していたので三条→長岡まで関越道で行き→越路の塚山を廻って柏崎に入りました。朝6時頃だったのでスムースに行き1時間半位で行けました。

今回の地震は海側が震源地で被害が大きく、あと町の中心部の本町というところも大分やられていました。

Dsc02200 Dsc02195 Dsc02197            約束の時間になって社員が集まってきました。

一人はこれませんでしたが、それでも皆元気にしており一安心でした。

それぞれの家庭の被害状況を確認をして、今後の事を話し合いました。その途中も「グラッ」とくる余震が何回かあり、血の気が引いていく感じがしました。

余震が収まらない状況のなかでは、応援体制を組もうにも組めない状況です。今は家にも帰れず、又家に帰って後片付けも出来ず唯避難所で過ごすのみと言っていました。

市の方で「住宅が危険か否か」をチェックした後でないと家に入れないそうです。

ほとんどの世帯が電気・ガス・水道が通じておらず、トイレ・風呂に入れないのが一番こたえるようです。又避難所ではなかなか寝付けず車の中で寝ると言う人も多いよと聞きました。

営業所の駐車場にも近所の人が避難をしていました。

この先どうなるのかと、皆不安を隠しきれ無い様子でした。

みんなの家・家族の事を思うと私もガックリときます。自然の大きな力の前にはなすすべもありません。どうして我々新潟県にはこのような災害が畳み掛けてくるのでしょうか。

・・・

が悲嘆にはくれていられません。

ここで思い出すのは「ハチドリのひとしずく」です。

私達は「7.13水害」「中越地震」を乗り越えて来ています。

それに数々の試練も・・・

この試練も必ず乗り越えて行こうと避難所に返っていく従業員の後姿を見て思いました。                                        

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2007.05.31

出張の楽しみ

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まずは土地土地の景色に接することでありましょうか。

別に観光地へ行くわけではもちろんありませんが。

左から、妙義の山々を背景の麦畑、したたるような万緑の関越トンネル群馬口、雨煙にけむる塩沢・・・

Dsc01613 Dsc01633_1          Dsc01635                                    

次に土地土地の食い物。私のばやいはラーメンでしょうか。

左から、火山と名づけられた石焼鍋でぐつぐつ煮えたぎっている石焼味噌ラーメン(火山)、赤味噌仕立ての味噌ラーメン+半チャーハン(わじん)・・・

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それに仕事を終えた後の土地土地のお酒でしょうか。

写真は先週の札幌出張の際の、谷川岳、旭川の男山、それに三条の五十嵐川・・・

尚、誤解のないように付け加えるとこれらの軍資金は普段の爪に火をともすような質素な生活とわずかばかりの出張日当をあてております。

更に誤解無きよう重ねて申し上げるなら、難事業を遂行すべく額に汗をし、諸先輩ご同輩方々に床に頭がつくくらい下げお客様の為にと神経をすり減らして仕事を行っております。

これほんと・・・

(~_~)

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2007.05.25

とってもさわやかでした

ちょっとばかり北海道に行ってきました。

Dsc01470 市場ではアスパラが今が盛り、メロンが出始めというところでしょうか。ちょっと前、夕張メロンの初せりでは1玉100万円ついたとか。

空港の売店では、赤肉系メロンで1玉5000~1万円くらいで売っていました。

いつもこの中央市場では私の元上司に逢うのを楽しみに行くのです。新潟から北海道にUターンし、脱サラをして現在、青果物の卸屋をやっているのです。

楽しみの最たるものは、朝食をおごってもらう事です。それも市場の定食を。

50いくつにもなる私をつかまえて、

「阿武何でも好きなもん食えや」「えんりょすんなよ」と言ってくれます。その言葉をきくとあれもこれもとたくさんの皿をとります。

昔から面倒見がいい人で、逢うとなにかれとなく気を使ってくれるところは昔のままです。近況を報告し、いろいろアドバイスを今でも受けます。

うれしい限りです。

Dsc01434 Dsc01452 Dsc01477 Dsc01506 Dsc01513                                            3日いてラーメン4杯食べました。

左から千歳の「味平」、札幌の「桑名」、琴似の「山桜桃(ゆすら)」、札幌の「店名覚えていません」。さすがにラーメン食いすぎたので最後は、八軒の「鱗晃のかきあげ丼」←すんごいボリュームでした。

北海道のラーメンの特徴で共通しているのは、麺のカンスイがとても効いているということです。水分が少なく、コッチと絞まっていてゴムのような感触です。これはこれで特徴がありやはり味噌系に合います。

いったい何をしに行ったと思われるかもしれませんが、ちゃんと仕事はしてきました。

(-_-;)

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2007.04.17

交通事故を防ぐには

■交通事故の担当に                                                                                                                                                           今年の1月末から「急に」この担当になりました。つまり閑職です。それでも車両台数は100台以上。小さな事故はもらい事故も含め月平均数件位づつ起きていました。1:29:300の法則からいくと、いつ大きな事故が起きても不思議ではありません。そうしてるうちに1月の末から2月にかけて小さな事故がパタパタと起きました。

■快適な運転=受身の運転                                            今の車はオートマ、パワステ、冷暖房が完備しています。運転は誰でもが簡単にかつ快適に出来るレベルになっているのです。つまり「そう神経を使わなくても」安全に運転できるようになっています。その結果、考え事をしたり運転以外のことを考える余裕が出来てるのです。危険に対して積極的な行動ではなく、受身になっているのです。

■「まさか○○が飛び出てくるとは思わなかった」                              事故にあった人は10人が10人必ずこう云います「まさかあそこから○○が飛び出て来るとは思わなかった」・・・と。そうなのです、現在の事故は自分が正しい法令運転を行っていても相手が法令を守らずにぶつかってくるのです。いわゆる巻き込まれ事故です。つまり人や車が飛び出してくるのがわかっていれば絶対に事故は防げます。予期してないから急に出てこられるとぶつかるのです。                   

■放り投げる                                               ここで私はある実験を行います。何人かを前にして話をしながら、ポケットからボールペンをいきなり取り出しある人に向かって放り投げます。するとどうでしょう100%の人が受け取れません。なんの予告もなしに投げるのですから取れる訳はないのです。しかし「これから投げるよ」と言ってから放り投げると100%の人が取れます。交通事故もこれと同じです。あらかじめ「どんな危険がそこに潜んでいるのか」それがわかれば我々はそれを防ぐ事ができます。

■危険予知運転                                                           車のハンドルを握ったら車の運転に集中するのです。そして自分の進むコースにどんな危険が潜んでいるか、危険を予知しながら運転するのです。たとえば左側を犬を連れたおばさんが散歩してるとします。「この犬はいきなり車道側に飛び出てくる危険性があるな」と予知すれば、その人から距離を保ち徐行をしながら通り過ぎるでしょう。たとえば見通しの悪い信号のない交差点でこちらに一時停止の義務がなかったとしても、相手がいきなり飛び出してくることが充分考えられるので一時停止をします・・・これが危険予知運転です。これを毎日毎日積み重ねていくと運転態度が変わり結果として事故に遭わなくなります。

■車は凶器です                                                       車ほど便利なものはありません。又車を運転するほど快適で楽しいことはありません。しかし、車は一つ間違うと凶器になります。台所にある包丁を頭に浮かべてください。野菜を切ったり魚をおろしたり、料理に包丁は欠かせません。でも包丁も凶器になることがあります。包丁を人に渡す時、刃先は自分が持って必ず柄の方を相手に差し出します。包丁は便利だけど危険だと言う事を皆さんわかっているからです。でも車はどうでしょうか。便利だけど危険だと言う認識は薄いのではないでしょうか。

交通事故は悲惨です。我が家は私とカミサンと父の3人が交通事故に遭っています。人事ではありません。皆さんも事故に遭う確立は極めて高いと言えます。どうか「危険予知運転」を励行され幸せな家庭生活を送ってください。                                                                        

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2007.02.20

(-_-)

ワダスがこのブログを始めた理由の一つは、リストラされていく過程をブログアップして自分がどういう風に生きていくのかを見つめることにありました。

ですから予定通りといえば予定通りなんです。但し予定よりも遅れていました。

まあボチボチとアップしていきますので応援してください。

(-_-)

ワダスは今「交通事故」を担当しています。我が事業部では車両を250台保有しています。まあ事故はほとんどありませんが、これが暇でいいかなと思いきや、なかなか大変なんです。

とにかく交通事故を「0」にすると云うのが今のワダスの当面(?)の目標です。

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2007.02.15

沈む太陽

Img_0002_4_16会社では今若返りを激しく進めており、ワダスは全ての担当から外されました。

「沈まぬ太陽」という小説がありますがワダスは今、恩地元のようなところにいます。

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2007.01.19

日本海から太平洋へ

仕事で福島の「いわき湯本」に行ってきました。

いつもこの時期になると福島で年に一回の仕事があるのです。この仕事は大概私が行くようにしています。東北地区の仕入れ担当者が集まって年末の反省をを討議するのです。

そうして、そのあとで、Img_0001_82

Img_0002_2_52Img_0003_37                                                   だからです。

とブログに書いてしまうといったい「阿武さん何をしに」と言うことになるのですが、これはあくまでも喧々諤々のマラソン会議を終えたあとの懇親会なんです。

委員長がネットで一番安い旅館を探し会場を決めるのですが、今回は古い旅館でありました。が、料理はまあ良かったです。ちなみに写真はもちろん「いわき名物あんこう鍋」です。

Img_0004_3_25 それに風呂が最高でした。硫黄が効いていてこういった温泉場にしては珍しくとても温度が高く44度くらいあったと思います。私は熱い湯が好きで実に良かったです。ちなみに四回風呂に入りました。

Img_0042_1 それにしてもいわきの空は高かったです

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2007.01.06

評価

Img_0001_86 久しぶりに実に久しぶりに昨晩は会社の連中と呑んだ。

昔は近くのひな鳥ではたまた焼き鳥やを第二会議室と呼びよく皆で呑んでいたが、ここ最近はほとんど呑まなくなってきた。

それだけ人間関係が希薄になってきたんだろう。

当たり前のことであるが、会社もギリギリのコストダウンを行い、成果主義を取り入れ人員の評価もプロ野球なみになってきた。

結局「評価」だけで仕事をする人間が多くなってきた。

以前とは仕事に対する意識が変わってきた。

・・・

どこで聞きつけたか、最初からBOSSが出てきて飲み代は浮いたがその分ツマラン呑み会になってしまった。

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